小津安二郎の「秋日和」でさりげない日常描写と巧まざるユーモアに心おだやかに
ヒッチコックのサスペンスのあとは穏やかな作品を一つと言う訳で、小津
安二郎の「秋日和」がタイトルも季節にぴったりだ。戦後の小津作品の重
要モチーフだった娘の結婚話のひとつ。「晩春」のモチーフの繰り返しで
まさにマンネリの極致。撮影手法も舞台となるセットも出演者も同じよう
なので、どれがどの作品だったかわからなくなるような時も。またそれが
楽しかったりして。マンネリズムを楽しむのも小津作品の味わい方。
「晩春」「麦秋」で結婚の心配をされる娘役を演じていた原節子が今回は
司葉子演じる娘の結婚の心配をする未亡人役というのがちょっと視点を変
えていて新鮮。でも、「晩春」からわずか11年ほどしか経過していない
のに司葉子の母親役に一気なってしまった原節子がなんだか気の毒。まだ
40歳前後だったんだもの。それでも意外に母親役あっている。美人女優
の老け方の早さの象徴みたいなものか。この作品の2年後ぐらいには原節
子は永遠にスクリーンから去り、その後いまだにその姿を見せていないで
鎌倉に姿を消したのだから。ハリウッドでも美貌で売った女優の俳優生命
は短い。キャサリン・ヘップバーンやベティ・デイヴィスなどの女優生命
の長さはやはり希有なのか。現在の原86歳。どんなおばあさんになって
いるのだろうか。
小津の映画にはコミカルな味わいのあるものが多い。このラインの作品で
も「麦秋」なども巧まざる上品なユーモアがあり楽しめたが、「秋日和」
はよりユーモア色を強めていて、全体のタッチが明るく見ていて気分良く
なって行く。食事場面の多いのも小津作品の特徴だが、この作品はとりわ
け食事場面が多い。その時に使われる食器や着物の色合いなどが彩度を抑
えた計算し尽くされたもので、実に味わいがある。
佐分利信、中村伸郎、北竜二の未亡人の亡くなった旦那の友人3人が料亭
で飲みながら原の母親の方が奇麗だ、いや司の娘の方が奇麗だとか言いな
がら娘の結婚相手を決める策略を練るところなどほとんど上品な漫才のや
り取りのよう。また、新人当時の岡田茉莉子が勝ち気でおてんばな娘を演
じていて、おじさん3人組をこてんぱんにやり込めるところなんてかなり
笑える。岩下志麻のデビュー作で、事務員役でちょい役。この2年後には
小津の遺作「秋刀魚の味」で結婚を心配される娘役となり一気に注目女優
へ。岡田も岩下も可愛かったな。
それにしても1960年。安保騒動で揺れていた日本なのに、そんな世相
を超然と見下ろしたような作品を作っていた小津は今見るとかえって時代
に流されない永遠性を持つ映画を作ることになった皮肉。アメリカミュー
ジカルでも時代性を反映しすぎた「ウェストサイド物語」などが今見ると
なんだか古びた感じがしてしまうのに反して、制作当時はその脳天気ぶり
が日本の評論家たちからは思い切り馬鹿にされたフレッド・アステアやジ
ーン・ケリーのミュージカルが現代で見ると反対にそのミュージカルとし
ての純粋性が光り輝くのと似たようなものか。
| 固定リンク
« ヒッチコックの「バルカン超特急」は時代を感じさせるもののやはり楽しい傑作だ | トップページ | ああどうしようもない国民だわ。アベ政権がそれほどお気に入りなのね。ブルース・ウィリスがいい味出す映画「16ブロック」は拾い物だった »
コメント